私は会社のデスクでパソコンのキーボードを打っていた。『早く帰りたいなー』 と。
地震の様だ。水曜日にも震度５位の地震があったからその余震だろうと思った。
しかし震度５どころでは無い、しかも長い。事務のおばちゃんと、社長の奥さんを
脱出させ会社の駐車場の真ん中で揺れが収まるのを待つ。
ビルが歪みながら揺れる。電線がなわとびの様に波打つ。車が跳ねる。地面が波打つ。
長い。非常に長い。今まで生きてきた中で１番強い。インパクトの強い地震だった。
揺れが収まり会社の中へ入りTVを付ける。『震度７』。震源は宮城県沖。
これはヤバイ。会社の中の棚やらTVやらパソコンやらはグッチャグチャにくずれている。
社長は外出中だったが、１０分程で帰ってきて『帰宅せよ』との事で家に帰ることにする。
この時はまだ津波が来るということに対して大して危機感を持っていなかった。
宮城県沿岸の人々は恐らく大多数の人が津波注意報＆津波警報に慣れすぎている。
会社の前の道はすでに大渋滞。多少遠くなるが逆方向へ行こうと思い。方向転換するも
すこし走ると渋滞。しかたないので渋滞の中、道行く人々に、津波到達時間は？津波来るの？
と聞いてい見ても『停電でTVが見れないから何も分からない』との回答のみ。
自転車で河口方面へ走っていく人。津波見に行くべwwwと笑いながら河口方面へ
歩いて行くじいちゃＮ。不安そうに身を寄せ合うおばちゃん達。色々な人が不安だった。
渋滞で車も動かないので車のナビのワンセグでNHKのニュースを見る。
その画面には衝撃的な映像が流れていた。
女川の映像だったが、明らかに２階建てであろう体育館の様な物が津波に飲まれている。
その瞬間俺は思った『このレベルの津波がここに来たら俺は死ぬ』と直感する。
まだ携帯の電波があったので彼女に電話で連絡する。
彼女の家は海の目の前というのも有るが、津波に大して非常に危機感が高い。
津波注意報でも絶対避難する家庭である。だからあまり心配はしていなかった。
案の定生きていたし、避難している最中だというので安心した。
しかしまだ現実味は無い、危機感も無い。しかし死ぬリスクは有る。
パトカーが道路の真ん中を『津波が来ています。車を降りて歩いて避難してください』
と放送しながら駆け抜けていく。
（あとから知ったことだが自分が車を降りて逃げようと思ったその時にはすでに津波は上陸していた。）
車を路肩に寄せ、一応鍵を掛けて歩いて５分程掛かる高台の市民会館を目指す。
途中で有った人に女川の津波の話をするも逃げる様子はなし。
未だに渋滞のなか車で避難しようとしている人も大勢いる。
俺は背後に津波が来ている事も知らず。ゆっくりテクテクと高台を目指す。
高台の市民会館へ続く坂道を登り切った時。昔バイトしていたピザ屋の店長を見つけた
声を掛ける間もなく、店長と社員さんが見晴らしの良い方向へ真顔で走っていく。
なんだよもう。と思いながら俺も後を追う。視界が開けた瞬間。
そこは海だった。３分程前まで歩いていた道が海だった。
車を置いてきた場所が海だった。会社が有った場所が海だった。
陸地のはずの場所、見える限り全てが海だった。
信じられない。というのが最初に感じた事だった。映画の様だった。
あまりの驚きに現実感が無い。嘘だろ。と思うがどう見ても現実だった。
そこには海が広がっていた。暫く海を眺めていた。
さっきまで渋滞の中で車に乗っていた人達はどうなったのか。
逃げようと誘った人はどうなったのか。色々考えたが何も分からない。
バイト店長と社員２人と話していると彼女が登場した。
ちゃんと生きてて安心した。
この時点ですでに携帯電話の電波は完全に無くなっていた。
暫く海を眺めていた。雪も降ってきた。目の前の崩れた家で誰かを救助しているのか
数人の人が見えると思っていると。手を貸してくれとの事なので降りて行って
手を貸す。子供が家の中に残っていて救助しているらしい。
暫くすると助け出されて子供が出てきた。ドロドロで体温も下がっている様子。
咳をしていて、口から咳と一緒に薄い血が出てきている。俺は上着を掛けてやって
４人で担架で子供を運ぶ。幸い避難所には医者も居たので子供は助かった。
きっとこの見えている海の中にこんな人が沢山居るのだろうと思う。
しかし何も出来ない。段々と暗くなる。夜になる。
停電しているのに遠くの空が赤い。なんだ？なんでだ？と思っていると
火事だ。デカイ。と話している人が居る。あっちで見える。
というので行ってみる。途中で北海道の妹と連絡が取れた。俺は死んだと思われているらしい。
妹が連絡が取れたのは俺だけ。他の家族とは連絡が取れないらしい。
一先ず電波が切れそうだったので、俺は生きていると妹に告げて電波は切れた。
火事が見える方向へ行く。視界がひらける場所まで行くと恐ろしい光景が広がっていた。
見渡す限りの炎。全てが燃えている。車を置いてきた場所も燃えている。
恐ろしい光景だった。巨大なガスタンクが爆発している音が、絶え間なく聞こえる。
想像出来ますか？自分が暮らして来た街全部が炎に包まれて燃えている光景が。
恐ろしい。これはここも燃えるんでないか？と思っていると彼女から電話が入る。
電波入ってんの？『まだ市民会館に居るのそこも燃えるよ！』との一言を聞いて電話が切れた。
その直後俺の中の何かがキレた『死にたくなかったら逃げろ！！』と絶叫し全速力で走りだしていた。
今考えるときっとまともな心理状態では無かったんだろうと思う。
冷静に考えたらすぐに死ぬなんてことはありえない。
その後避難所の裏手から社員さんのおばあちゃん兄弟の家が内陸に有るとの事で
今夜はそこに泊まらせて貰う事にする。車で向かう。もちろんだが街灯などは全部消えている。
コンビニももちろんやっていない。おばあちゃんの家に到着する。
誰も居ない様子だったが、社員さんが入っていいと言うのでお言葉に甘える。
停電は続いているが、灯油ストーブが
有ったので暖は取れた。
一晩中震度４~５クラスの余震が絶え間なく起こり、浅い眠りの中ラジオを聞きながら過ごした。
死体が見つかった、気仙沼が燃えている、など断片的な情報が流れるのみ。
新しい情報は中々無いようで、ひたすら同じ情報がループする。
朝、目が覚める。余震は続いている。ありがたい事に美味しい朝ごはんを食べさせて貰えて
落ち着いたらまた来ます。とお礼を行っておばあちゃんの家を後にする。
バイト先の店長が一応店舗の状態を見ておきたいというので、海の方向へ向かう。
店舗近くまでは歩いていくしか無いので歩く。昨日は夜だったこともあり
明るい状態だと被害の大きさに驚く。何がどうなったらこうなるんだ。
ありとあらゆる木造の建造物が、巨大なプレスに潰されたように潰れている。
全ての窓がブチ抜けている。道には瓦礫が溢れとても走れない。
道路脇には死体が転がる。この世の地獄だと思った。現実なのだと思った。
店舗はまだ海の中で遠くからしか見えなかった。
俺の家はここから１６㎞。店長と社員さんの家はここから４５㎞。
そろそろ帰るか。となり帰る。帰り道も驚きの連続だった。
見慣れている景色が全て瓦礫と化している。
途中から４５号線は通行止めと成っており山の中を走るしか無くなる。
幸い林道をよく知っていたので、比較的フラットな林道を走り繋いで
家まで帰れた。
家に帰ると家族が泣いて出迎えてくれた。本当に俺は死んだと思っていたらしい。
生きてました。なんとか。
家に備蓄していたガソリンを店長の車に給油して、店長達も自宅まで帰った。
結果的に、自分の家に関する直接的な被害は田んぼに津波が来たというだけで
被害というにはしょぼすぎる被害のみで済みました。
後日~自分の車を探しに行き、見つけました。黒焦げのフレームだけに成っていました。
●伝えたい事●
自分は宮城県沿岸の地域に住んで３０年程。これまで幾度と無く地震や、津波注意報、
もしくは警報等を体験してきましたが、正直に言うと津波を舐めていました。甘く見て
いました。恐らく多くの人がそうだったと思います。
『また警報だけで津波なんて来ないだろうｗ』
『津波なんて来ても大したこと無いだろうｗ』
多分ですが、津波を甘く見ていた人が多いと思います。
『津波なんてこないｗ』とおじいさんだけ家に残ったという話。
河口の橋の上に夫婦で津波を見に行った人が居るという話。
自転車で河口方面に走っていった人。他にも多く津波を舐めてる話を
聞きました。舐めてました。
ですがそれは間違いでした、油断でした。
当日。今まで聞いたことが無い
『大津波警報』と聞いても、まだ心の何処かで津波を舐めていました。
恐らく車の中でたまたまワンセグで流れた女川の映像を見ていなければ
自分は渋滞の列の中津波に襲われ、車とともに燃えていた事でしょう。
それほどまでに舐めていた。実際の津波を見るまで実感が沸かない。
舐めていた。甘く見ていた。
もし海の近くに居て大きな地震が有って、津波注意報、津波警報、
大津波警報が発表されたら迷うこと無く高台へ逃げてください。
逃げて損はありません。
どうせ来ない。来ても大したこと無い。と逃げないで
津波が来たら『死』有るのみです。助かったとしてもそれは運が良かっただけ。
避難して来なかったら『来なかったねｗラッキーｗｗ』で済みますが。
避難しないで津波が来たら『死』DEATH。
津波の動画はYOUTUBEなどに沢山あります。見てイメージしてください。
津波が来たら死にます。勝てません。
当時付き合っていた彼女の家族は、津波に対する意識が異常に高かったです。
津波注意報でも避難していました。それだけ海に近い家でしたが。
当時聞いた話で多かったのが、家に居るかもしれない家族が心配で家に
戻って津波に巻き込まれて死亡した。家に戻った人だけが死亡した。という話。
もちろん家族が心配なのはわかります。家に独りで子供が居るかも知れない、
大津波警報。で子供が避難していると信じて家に向かわない何てよっぽどの
確実な事がない限り無理だと思います。自分は無理ですね。
そうならない為に家族間でルールを決めておくべきだと思います。
各個人が、判断して津波警報以上の場合絶対に避難する。
家族を心配して家に戻ってはいけない。等。
その時が来た時、携帯で連絡を取れなくても確定し決めておけることは
決めておく事は出来るはずです。
家に寝たきりの人がいる。家に子供だけ留守番をしている。等の時は
恐らく危険を承知で戻るしか無くなるでしょう。戻らずには居られないでしょう。
そうなったらもう運にまかせるしか無いのでしょう。
なんとしても生き残ってください。